【アラベスク】メニューへ戻る 第19章【朝靄の欠片】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第19章 朝靄の欠片



第1節 雨の予感 [1]




 明らかにワザとだ。肩をぶつけて教室を出て行く同級生。
「やだ、汚れちゃった」
 派手な音をたてて肩を払い、チラリと(ゆら)へ視線を投げる。
「フケでもついちゃってたら大変だわ」
「その制服、捨てたほうがいいわよ。しつこい汚れなんて、落とそうとする努力自体が無駄だから」
「そうね」
 どうぞご勝手に。
 遠ざかる同級生へなど目もくれず、緩は淡々と帰り支度を済ませる。
「でも私、これから塾なのよ」
「帰って着替えてから行けばいいじゃない」
「それだと時間ギリギリ。あぁ、もうっ! なんであんな庶民のために私が時間に追われなきゃならないのよ」
 だったら制服のままで行けばいいでしょ。
 心内で毒づきながら手早く鞄を持ち、別の扉から教室を出る。相手がこちらに戻ってきて、お前のせいだからなんとかしろ、着替えをどこかで買ってこい、などと言われたら厄介だ。
「帰りも遅くなるし、やっぱりこの制服のままで行くしかないわね」
 そうそう、そうしなさい。
「でも帰る頃には大概の店は閉まってるから、帰りに買って帰るだなんて無理だし」
「だったら電話で注文しておけば?」
「どうやって受け取るの?」
「帰る時間帯まで誰かを店に待機でもさせとけばいいのよ。あなたが店に行ったらすぐに開けてくれるようにしておけば?」
「それはいいわね」
唐渓(からたに)の制服を注文する客なんて、断ったりなんてしないわよ。どうせだから店長あたりを待たせておくべきよね」
「でも、既製品なんて庶民っぽくってイヤだわ。私、服はオーダーメイドのものしか着ないのよ」
「新しい制服は日を改めて仕立ててもらえばいいじゃない。服が仕上がったら今日買う方のは捨てちゃえばいいんだし。そんな薄汚れた制服を着続けるよりかはマシよ」
「でも塾の帰りに寄るだなんて面倒」
 そこでハッと目を輝かせる。
「家政婦に取りに行かせればいいんだわ」
 どうして気付かなかったのだろうと言いたげな口調でそそくさと携帯を取り出す女子生徒。そこへ、別の声が入ってくる。
「あらあなた、帰りは遅くなるの? だったら気をつけた方がいいわ。最近、妙な話を聞いたから」
「あら、何?」
「なんかね、ここ最近、通り魔みたいなのが出ているらしいんですって」
「通り魔?」
「それがね、狙われるのは唐渓の生徒ばっかり」
「何それ?」
「学校は隠そうとしてるらしいから表に出てきてはいないみたいだけれど、私、パパから聞いたの」
「あぁ、あなたのお父様、県警の幹部だったわね。でも学校が隠してるって、それならあなたのお父様、他に話してはいけないんじゃないの?」
「あら、私は特別よ。だって可愛いもの」
 あっそ。
「それ、ホント?」
「やだ、私の美貌を疑うわけ?」
「そうじゃなくって、唐渓の生徒ばっかりが狙われてるって話。通り魔の話が本当だったとしても、標的が唐渓生だとは限らないでしょ。だいたい、通り魔なんて場当たり的な犯行が大半なんじゃない?」
「でもね、パパの話では、被害に遭った生徒はみんな唐渓の制服を着ていて」
「あ、待って」
 慌てて遮る。
「何よ?」
「あれって、脩斗(なおと)様じゃない?」
「え? ナオト?」
「ちょっと、呼び捨てにするなんて失礼よ。脩斗様は今年唐渓高校へ進級された御方で、なにより」
「わっ、あの人? チョーカッコイイ」
「でしょ、でしょ」
 緩も思わず視線を向けてしまう。
 窓から差し込む午後の日差しに栗毛が揺れた。数人の女子生徒に囲まれている。
 今年唐渓高校に進級? ってコトは一年生だから年下か。
 あまり背は高くはないらしい。女子に囲まれているのではっきりとその姿を見ることはできない。だが、隙間から覗く顔は、確かに甘くて、異性受けしそうだ。
 なによ、瑠駆真(るくま)様のほうが数段素敵だわ。背だって高いし。
 フンッと鼻で笑おうとした瞬間、脩斗という名の下級生の瞳が動いた。視線が合った、ような気がした。
 緩は慌てて目を逸らす。
 こんなところでグタグタしていたら、また何かヘンな嫌がらせにでも巻き込まれてしまうかもしれない。私にはそんなつまらない同級生に構っているような時間などないのだ。
 今日は予約した新しいゲームソフトの発売日。早くコンビニで受け取り、そして義兄が帰ってくる前になんとしても部屋へ持ち込み、鍵を掛けなければならない。鞄の中に隠せばバレる事はないはずだが、それでも、ソフトを持っているというだけでなんとなく義兄にバレてしまうような気がして、緩は落ち着かないのだ。
 まったく、なんで私があんな野蛮な男と一つ屋根の下で暮らさなければならないのかしら。
 恋愛ゲームにハマる緩の素行をいつか義兄がバラすかもしれないなどと考えると、彼女は聡の目をまともに睨むこともできない。義兄が学校中にバラすだなんてとんでもない悪夢をみて飛び起きた事もある。そんな事にでもなれば、自分は唐渓には居られない。羞恥の中心に放り出された人物がどのような扱いを受けるのか、緩をその姿をついこの間も見たばかりだ。標的にされた生徒は、だがあまり気にしている様子はみせない。今も平然と登校してきている。
 大迫(おおさこ)美鶴(みつる)
 思った以上にズ太いのね。無神経なだけかしら? まぁもっとも、無神経は庶民の数少ない長所ではあるのだけれどもね。







あなたが現在お読みになっているのは、第19章【朝靄の欠片】第1節【雨の予感】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第19章【朝靄の欠片】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)